老荘と仏教(6) 戯論(けろん)

老荘と仏教という題名で書いているわけですが、今までのところ必ずしも内容と一致しているとはいえません。
ブログということで、その時々に思いついたことを書き連ねているというのが本当のところです。
私の関心は、あくまで私自身が納得出来るかたちでの真実の追求ですので、かなり独断的なところもあるでしょう。
このブログは自分のこころの整理を目的としていますが、合わせて他の方の参考になればと思っています。
もっとも、人生問題は万人共通の課題ですので、自他を区別すること自体がナンセンスなのかも知れません。

それにしても、人生問題というのは結局のところ、結論は出ないのではないでしょうか。
私はすでに五十年近くもこの問題と付き合っていますが、未だにまともな結論に達してはいません。
一遍上人の語録のなかに、「凡夫のこころに決定はない」という言葉がありますが、正に迷いの中に在ることが我々の宿命なのかもしれません。
一方において、我々が迷っていようといまいと、現実の世界は厳として在るのであって、動かしようもないわけです。
とにかく、今在る形で在るわけで、なぜ在るのか、なぜこの様に在るのか、何のために在るのか、等々の疑問に解答はありません。
我々の疑問の提出の仕方が間違っているのか、あるいは、疑問を提出すること自体が間違っていると考えざるをえないのです。

ブッタはこのような問いに対して無記という態度で臨んだということです。
無記とは、どちらともいえないということだそうで、要するに解答を避けたということです。
しかも分からないから避けたのではなく、積極的に退けたということですから、何か根拠があるからでしょう。
それについては箭喩経(せんゆきょう)という経典に書かれています。
毒矢に射抜かれた人がいて、医師に診させようとしたところ、本人が「誰が射たのか、どのような毒矢かが分からない内は矢を抜いてはならない」と言ったとすれば、矢を抜く前に死んでしまうという話です。
この話はブッタに形而上学的な質問をしたところの答えですが、毒矢のたとえとして有名です。
ブッタはあくまで、生老病死という苦からの解脱を主眼に置いていたので、よけいな詮索はすべきではないという立場でしょう。

実はこの箭喩経の話は二十歳前後の頃にも読んだ記憶がありますが、人生問題に真剣に悩んでいた当時としては、子供だましの教えのようにしか思えませんでした。
人生の重大問題を毒矢のたとえなどで説明するのは安直のように思われたのです。
確かに毒矢に刺さった人は、まづ毒矢を抜くことが先決であり、それ以外の詮索は後にすべきです。
しかしこれはあくまで毒矢に刺さった人の話であって、哲学的な疑問の解答を求めているのとは訳が違います。
世界の本質に対する問いは正当な疑問であり、この解決なくしては真剣に生きていくことなど出来ないのです。

また、仏教には戯論(けろん)という言葉があります。
戯論とは「無意味で無益な言論」のことだそうですが、この中には形而上学的な議論も含まれるそうです。
ということは、西欧哲学のほとんどは戯論ということになります。
西欧哲学がまともな結論を出せないまま今日に至っているところをみると確かに戯論かもしれません。
しかし逆に言えば、戯論はブッタの時代から今日に至るまで、いつの時代にもあったということです。
人間が考える動物である以上、世界についての根源的な問いは、当然生じてしかるべきと思われます。
人類は、この解答のない疑問を繰り返し問うてきたことになります。
もしかしたら、人間の知性が陥る陥穽(かんせい)なのかもしれません。

いづれにしても、現存在はまぎれもなく在るのであって、疑いようがありません。
もしそれが無いのであれば、こうして疑問を持つ我もないはずです。
確かなのは、現に在る世界のみです。
我々が知っているのは、この世界のみであり、それ以外は全て想像にすぎません。
世界の初めも、宇宙の果ても、人間の死後のことも分かりません。
我々の唯一の立脚地は、今在るこの世界以外にはあり得ず、そしてそれが全てなのです。

大乗仏教中観派の祖である龍樹の「中論」の冒頭に次のような言葉があります。
「八不中道の戯論寂滅の縁起を説いた仏に帰依したてまつる」
八不中道(はっぷちゅうどう)の八不とは「不生不滅・不常不断・不一不異・不来不去」のことであり、中道とは八不のような、偏った見解におちいらず、中の立場を守ることです。
そして、戯論寂滅の縁起(けろんじゃくめつのえんぎ)とは、縁起のことわりを知ることによって、戯論を滅し、至高の境地に至ることです。
また、縁起とは相互依存性のことであり、すべての事象は相対的な概念によって成り立っているということです。

要するに、「中論」は前述した「毒矢のたとえ」の延長線上にあって、さらに深化、論究した教えであるといえるでしょう。
しかも、戯論を滅することによって、仏教の究極の境地に至るという最重要問題であったということです。
そして、さらに付け加えるならば、中論(第二十二章十六詩)に「如来の本性なるものは、すなわちこの世間の本性である。如来は本質をもたない。この世界もまた本質をもたない」とあります。
これは、「われわれの経験するこの現象世界が、そのままブッタなのである。」(中村元著龍樹より)という意味だそうです。
であるならば、これも前述した、現実世界こそ唯一の実在であるという私の考えと符合することになります。

スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

50年近く考えてらっしゃるとのことですが、何歳からなのか興味があります。
というのも、私も13歳ごろから考えており、普通の人よりかは人生の意味について早くに考え始めたと思っており、この10代の早くに(脳の発達が終了した20代ではなく)考えることが脳の発達に影響しているのではないかと思われるのです。
今後の人類はさらに早熟というか10歳未満で人生の意味について考え始め、できれば、脳の臨界期の7歳以前で(物心つく前から)人生の意味について考え始めれば、脳の発達もそれに応じた進化を獲得できるのではないかと思ってます(かなりの夢物語で、あまり、真剣に思い込んではおりませんが)。
そもそも人類が意識の進化を起こせたのは10歳未満の子の書字の習慣だと思ってます(二分心の時代から自我主体で考えられるようになった今の人類の形になったのは、文字が発明され、かつ、幼少期に手を使って文字を書く習慣が作られ、脳の言語野に書字の機能が作られ、補足運動野と言語野の連環から前頭前野の作業記憶の活性化および意識の発達へと進んだと考えてます)

Re: タイトルなし


私が人生問題に関心を持ったのは、十七八の頃だと思いますが、死の恐怖心については十歳未満からあったと思います。
そのことについて、母にたずねた記憶があります。
そのときの母の答えは「大人になれば怖くなくなるよ」ということでしたが、それが気休めであったことは、今思えば明らかです。
ただ恐怖心の内容が少し違うかもしれません。
そのときは、死によって母と別れる恐怖心でしたが、今は人生問題の不可解さに対する恐怖心です。
その母も十年ほど前に亡くなりましたが、死の恐怖心はあまりもっていなかったようです。
男と女では違うのかどうか分かりませんが、嫁との問題の方が重大だったのかも知れません。
人生問題については、この問題と関わっていると、生きる上ではマイナスになることは確かです。(私自身がそれを証明していますので)
なるべく早く決着をつけていただきたいと思います。
私のブログもその役に立てばと思いますが、私自身がまだ決着をつけていないので、あまり参考にはならないかもしれません。
脳のことに関しては、よく分かりませんが、必ずしも脳の発達が幸福に結びつくかは疑問です。
知恵のある人ほど、悩みも深いということもあるでしょう。
確かに人間の意識は脳によってつくられているわけですが、その脳は身体の一部であり、身体は自然と不可分であるならば、自然を成り立たしめている本体こそ私であるといえないこともないわけです。
いづれにしても、このブログでは世界の本質に焦点を当てていきたいと思います。
プロフィール

magokorokara

Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR