老荘と仏教(2) 学を絶てば憂いなし

前回では「進歩とは幻影である」と言いましたが、しかし、こと科学技術に関しては近代長足の進歩を遂げていることは確かです。
問題は科学技術の発展が人間の幸福に結びつくかということです。
少し前では、科学技術に疑いの目を向ける人はほとんどいなかったでしょう。
私などの子供の頃は、「もっと先の時代に生まれればよかったなあ」と本気で思ったものです。
もっと先は、今より科学が進歩して、すばらしい未来を約束しているかに見えたのです。
時代は変わって、現在では科学技術に明るい希望を託する人は少なくなっているのではないでしょうか。
科学技術の弊害の方が次第に明らかになってきたからです。
核の問題にしても、環境破壊の問題にしても、その深刻さは増大する一方です。
そして、これらの問題はもう後戻りすることは出来ず、その解決を人類の英知に期待するのは望み薄です。
人類はこれまでにも、いくつもの過ちを犯してきました。
そして、これが人類最大の過ちであり、最後の過ちになるかもしれないのです。
もはや未来に明るい展望を持つことは難しくなってきました。
今ではむしろ、出来るだけ早く死んだ方が良いのではないかといった言葉さえ聞かれます。

ところで、先の世界大戦で日本は敗戦し、多くの辛酸をなめてきました。
そこで、二度と同じ過ちを犯すまいということが、戦後日本人の合言葉になったわけです。
多くの犠牲者を出した当時のことを振り返れば当然のことでしょう。
八月十五日は終戦記念日ということで、毎年テレビなどで戦争に関する番組が組まれています。
ただ残念なのは毎年同じような言葉が繰り返され、内容も表面的なことに終始しているような気がします。
もっと突っ込んだ核心の部分には何故か触れないようです。
たとえば、なぜ戦争に突入したのか。
また、戦争を回避する道はなかったのか。
それに、あの戦争は本当に過ちだったのか、等々です。

私も戦後生まれですが、終戦後間もなかったので、子供の頃は、当時の状況がまだ色濃く残っていました。
戦争体験者の中で育ったといってもよいでしょう。
その後も、テレビや映画、書籍などを通じて多くの情報に接してきました。
いったい戦争責任者は誰なのか、いろいろ取り沙汰されますが、結局誰と言って特定できる人はいないようです。
時代の流れの原因を、特定の人間に帰すること自体がナンセンスなのかもしれません。
あの時代に関わっていたのは日本人全体ですから。
それに、もし戦争反対の人がいても、あの状況下で戦争を止めるのはおそらく不可能であったと思います。

同じことはドイツでもいえます。
戦争責任をヒットラーひとりに負わせようとする向きもありますが、とても一人や二人の力で歴史が動くものではありません。
もしヒットラーがいなくても、第二第三のヒットラーが現われたでしょう。
歴史の大きな流れの波の頂点に、ヒットラーがいたというのが正確ではないでしょうか。
時代の流れは、いわば必然的に動いているのであり、人間はただその中で踊っているにすぎず、誰もその流れを変えることは出来ないということかもしれません。
歴史は無数の原因が折り重なり、絡み合って動いているからです。
もっと端的に言えば、人間に知恵と欲望がある限り、現在までの状況は必然的な結果であると言えます。
さて、本題から大分逸れてしまい、私自身もいつ戻れるかと冷や冷やしていましたが、ここで強引に戻ることにします。

「学を絶てば憂いなし」とは老子の言葉です。
この言葉ほど現代文明に逆行したものはないでしょう。
福沢諭吉の「学問のすすめ」を持ち出すまでもなく、現代文明は学無くして存立しません。
「学ばざる者、食うべからず」とでも言えるほど、学問は必須になっています。
高度に発達した文明社会では、無学文盲では生きていけないのです。
では、老子のこの言葉は現代では無意味でしょうか。
むろんそうではありません。
老子の言う学とは、生きていくための知識や技術の習得を意味しているというよりも、人間の生き方そのものを問題にしているからです。
そもそも、老子の思想は儒教にたいするアンチテーゼとして生まれました。
ですから、ここでいう学も儒教でいう学を念頭に入れていることは疑いないでしょう。
孔子の教えが現実に即しているのに対して、老子はより根源的であるといえます。
儒学が「いかに生きるべきか」を問題にしているならば、老子は「なぜ生きるのか」を問題にしているといえるかもしれません。
もともと焦点の当て方が違うわけですから、どちらが優れているということではありません。
それが証拠には、どちらの教えもその後、併存して現代まで引き継がれています。
長い歴史を通じて支持されてきた教えが、全くの間違いであろうはずはありません。

というわけで、続きは次回にします。

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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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