苦痛という鞭

馬や牛を動かすには鞭が必要ですが、人間を動かしているのも苦痛という鞭です。
人間の行動は全て苦痛が動機である、と言うと反論も多いと思いますが、残念ながら事実です。
人間も動物である以上、性欲と食欲が最も基本的な要求となっています。
性欲も食欲も欲望ですが、それが満たされない場合は苦痛です。
ですから、根本は苦痛ということになります。
また、芸術や学問など、純粋に精神的、知的と言われるものも、暇人が退屈しのぎに始めたにすぎません。
もちろん、後にそれを職業にする人もでてきましたが。
いずれにしても、退屈は馬鹿にならない苦痛ですし、職業は生存欲を満たすために必要です。
満たされなければ、これまた苦痛というわけです。

性欲も食欲もそれが満たされない場合は非常に大きな苦痛となります。
他の動物では餌をさがすのに一日の大半が費やされているでしょう。
人間も食わんがために、いやいやながら職業についています。
人間と動物の違いを強いてあげるなら、動物は空腹が満たされれば、餌を求めませんが、人間は将来を予想して、食物をため込んだり、財産を増やしたりすることでしょうか。
それともう一つは、欲望自体が目的になり、性や食を快楽として追求しだすことです。
したがって、より多くの快楽を享受するために、必要以上にため込んだり、土地や権力を欲しがるようになります。
そして、それに伴って、精神的な苦痛も肥大化することになります。

要するに、人間は苦痛のかたまりであり、それを癒すことのみに生きているようなものです。
それが証拠には、苦痛は日常であり、快楽は一瞬の出来事であるにすぎません。
快楽とは、苦痛が一瞬の間是正されることですが、次の瞬間には新たな苦痛に支配されます。
快楽は積極的なものではなく、あくまで苦痛が一瞬消えた状態です。
ですから、苦痛な状態こそ正常であり、苦痛の無い状態はむしろ不自然であるといえるでしょう。
もしも不幸にして、衣食住が全て満たされた場合、人間は何もすることが無くなり、空虚あるいは退屈が訪れるからです。

空虚あるいは退屈は、決してあなどることはできず、自らすすんで苦痛を呼び込むことさえするのです。
気晴らしも、趣味程度ならまだしも、さらに刺激を求め、本来持っている欲望に火をつけ、その結果、破滅へまで進むこともめずらしくありません。
すなわち、賭博や喧嘩、飲酒や麻薬、不倫や性犯罪、その他近所のいさかいから戦争に至るまで、メニューは豊富です。

もし、地球上に重力が無かったら、人体は飛散してしまうでしょう。
もし、人間に苦痛が無かったら、全く動かないでしょう。


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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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