性と食(2)

ショウペンハウエルによると、性欲は種族保存のためであり、食欲は個体保存のためで、それぞれ盲目の意志の顕われだそうです。
ショウペンハウエルは世界の本質を意志としており、しかも何ら目的も意味も有しない盲目の意志としています。

ショウペンハウエルはともかくとして、性欲が種族保存のためであるならば、個体保存の食欲よりも、優位であるべきです。
なぜなら、自然にとって個体、すなわち個々の生命よりも種族保存、すなわち種の存続の方がより重要だからです。

したがって、自然界においては、性欲は食欲よりも優位であり、より強力な欲望として顕われることになります。
個人の利害得失を無視してまで、その意志を貫こうとする衝動もこれで一応の説明がつくかもしれません。

他の生物も事情は全く同じで、普段用心深く、人間の気配を感じると、すぐ逃げ出す昆虫でさえも、死の危険を忘れたかのごとく、性行為に没頭している姿を目にします。
自然界において生殖行為は当然のことであり、これなくして生物は存続し得ないのです。
人間とて例外ではあり得ない訳で、何ら特別視する理由は見当たりません。
ただし、あくまで人間が動物である限りでの話ですが。

自然界において、なぜこのような意志があるのかは、誰も答えることは出来ません。
現にそうである、としか言い様がないのです。
ちょっと話が逸れますが、この何故という疑問は人生問題を考える上で、頻繁に出て来ます。
なぜ生きるのか、なぜ自分は存在するのか、なぜ男と女がいるのか、なぜ世界は現にあるように在るのか、等々、数え上げたらきりがありません。
そして、これら全てに答えはありません。
カント風に言えば、それ以上遡って推論出来ない、世界の第一原因に属する問題ということになるのでしょう。
そしてこれらは、問題の中に、意味とか意義などの価値観を含意している場合がほとんどです。
おそらく、意味とか意義に関しては内面的、あるいは心の領域に属する問題なのかもしれません。

さて、生殖行為自体は自然な行為であり、何ら嫌悪すべき理由はありません。
ではなぜ、恥ずかしい、卑猥な行為と見なされるのでしょうか。
考えられる理由としては、まず、あまりにも強烈な衝動として表れるので、生活の秩序を乱す恐れがあるということ。
また、生殖行為は子孫を残す行為ですが、必ずしも子を産む目的で性行為をするわけではないこと。
結果的に子供が出来るかもしれないが、それよりも性交自体を目的とするということ。

他の動物でも、子孫を残そうとして行っている訳ではなく、単に本能のまま、衝動に駆られて行っているにすぎないでしょう。
ですから、人間のみが性交を目的にしたとしても非難すべきことではありません。
しかし、問題は子供が出来た場合、育てられる環境であるかということです。
それが無いのに、子供を生んだ場合、その子供が悲惨な目に会うことは火を見るより明らかです。

自然界においては、生まれてきた子供が悲惨な目に会おうと、あるいは死のうと自然はお構いなしです。
その中の数人、いや数匹でも生き残れば充分という訳です。
動物はただ、生殖のみに専念しているのです。
運がよいもの、あるいは、強いもののみが生き残っていくことになります。
もちろん、動物といえども子を守ろうとする本能は強く、むしろ近頃の人間様よりも忠実といえるかもしれません。

自然界ではこのように、下手な鉄砲も数撃てば当たる方式で、子孫を残そうとしている訳ですが、だからと言って種族存続に特に力を入れているわけでもなさそうです。
この辺りが自然界の自然界たるゆえんで、一方において、人智を超えるほどの精密さで、生物を造っておきながら、いとも簡単に生命を奪ってしまうのです。

自然自体は決してやさしいわけではなく、無慈悲、無感情であり、過酷でさえあります。
しかも、何らかの意思があるにもかかわらず、一定の方向、目標を持たない(ショウペンハウエルの言葉を借りれば)盲目の意志です。

さて、次回も話を続けたいと思います。

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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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