重要ならざる哲学(2)

私が哲学に求めているのは、いかにしたら、よりよく生きられるか。
いかにしたら、人生を意義のあるものにできるか、という問いへの解答です。

そして、この問いに答えられない限り、私にとって、
重要ならざる哲学といわざるをえません。

もちろん、知的好奇心という意味での、人生の根本問題に対する研究はありえますが、そのばあい、学者の自己満足といわれても、仕方がないでしょう。

さて、ハイデガーは西洋哲学史が専門だそうで、
中でもアリストテレスの研究に重点をおいていたようです。
哲学史家としては、かなり優秀で、深い読解力をもっていたということです。

ところで、シュヴェーグラーによると、西洋哲学史とは
古代哲学(ギリシャ、ローマの哲学)と近世哲学を指しているのだそうです。
また、ハイデガーは西洋哲学という言い方は、同語反復にすぎない、
哲学とは西洋そのものである、と言っています。

確かに、インドにも中国にも哲学という呼び方はないようです。
逆に言えば、西洋哲学は世界の中での人間の考え方の一つにすぎない、
ということになるでしょうか。
たとえば、仏教にしても、孔子や老子にしても、その主題は、
人間としていかに生きるべきか、を問うことにあります。
西洋においても、哲学史からはずされているキリスト教的中世哲学はやはり、
人間の救いがテーマになっています。

西洋哲学も、もちろん、そのようなテーマを問題の中に含んではいるのですが、
アプローチの仕方が少し違うのだと思います。
人生問題への切実な問いというよりも、むしろ知的好奇心から、
といった意味合いが強いように思われます。
学として、人生の根本問題を客観的に研究する立場といえるかもしれません。

数学や自然学などと同一的な立場で、人生あるいは世界の根本問題を論じる、
ということだと思います。
そして、それが現代科学発展への土壌となったのです。
なぜといえば、西洋以外では現代的な意味での科学は成立しなかったからです。
それが良いか悪いかは、別の問題ですが、人間が科学によって強大な力を得たのは事実です。
そして、科学が人間に幸福をもたらすかどうかは、これから問われることになるでしょう。

つづく。
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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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