科学的な考え方による弊害

人間は生まれてこの方、色々なことを学んで来ているわけですが、とりわけ学校教育では、好むと好まざるとに関わらず、学習指導要領に基ずいて教育を受けることになります。
そこでいわば食いたくもない飯を食わされることになります。
もちろん説明するまでもなく、食いたくもない飯とは、さしあたって要求していない知識のことですが、一方的に詰め込まれる知識は大して身につかず、役に立たないのは御存知のごとくです。
とは言っても、現在の日本で生きるための必要最低限の知識ということで、その教育内容はほぼ妥当なところかも知れません。
ただ、問題あるとするならば、あまりにも科学的な考え方に偏りすぎているということでしょうか。
しかしこれも、現在では科学を抜きにしては、生活が成り立たない状況であってみれば、当然の成り行きと言えるでしょう。

さて、教育論はさておき、私が問題にしているのは、実はこの科学的な考え方ということです。
なぜならば、この科学的な考え方では、人生最大のテーマである死の問題が解決出来ないからです。
科学の教科書には、死はもとより、幸福とか愛、不安とか苦悩などの言葉は出てきません。
人間が生きる上で、最も重要なこれらの概念について、科学は扱っていないのです。
科学は専ら、目に見える現象、あるいは物を研究対象にしているのであって、人間の生き方を考えている訳ではありません。

ところで、この科学的な見方、あるいは考え方というのは、いつ頃から出てきたのでしょうか。
むろん、人類始まって以来、このような考え方はあったでしょうが、明確に科学的な思考といわれだしたのはそう古いことではありません。
一般的には、十七世紀頃のヨーロッパというのが通説のようです。
それは、デカルト、ライプニッツ、ニュートンといった人達によって代表される考え方です。
それ以前にも、同じような考え方はあったでしょうが、何故かこの辺りから急激に広まっていくことになります。
一つには、科学技術が富と力を齎すことが分かってきたからでしょう。
科学者といえども、見返りのない研究はしないでしょうから。
また、古代からの人類の知識の集積が、たまたまこの時期、この地域で結実したという説もあるようです。
いづれにしても科学は以後現在に至るまで、人間の考え方の主流となっています。

科学自体は人間にとって善でも悪でもありませんが、それが生み出す技術は使いようによっては悪になります。
科学的な知的探究心、あるいは好奇心は、必ずしも人間の幸福や福祉を目的としたものではありません。
むしろ科学の発展を促進させたものは非理性的な戦争であり、人間の飽くなき欲望によるという面もあります。
また、科学者は自分の専門分野を限るために、考え方が近視眼的になるという傾向もあるでしょう。
本来であるならば、人間の理性こそ、科学の上位にあり、それを制御すべきなのですが、残念ながら現在では、科学の圧倒的な優位の基に理性は霞んでしまっているのが実状です。

では科学的な見方のいったい何が問題なのでしょう。
まず考えられるのは、自然に対する敬虔の念を失わせるということです。
我々は自然の懐から生まれ、自然の中で暮らし、そしてまた自然に戻る運命にあります。
自然は我々と一体であり、また本源でもあるのです。
それは人間が本来実感として持っているものですが、科学という知恵によって曇らされてしまいます。
そして何よりも問題なのは、デカルト以来続いている「自然はすべて認識しえる要素からなる」という考え方です。
人間や自然を機械のように見ることによって、その神秘性を失わせ、我々の思考に無限なる真実在を受け入れる余地を失わせてしまうのです。
これは非常に危険なことであり、自らの死という現実を目前にして、精神錯乱を引き起こしかねません。
人間の思考は相対的な論理では必ず破綻します。
絶対なるもの、不可知なるものを受け入れて、初めて精神の平衡を保つことができるのです。
カントは、理性(知性)では真実を認識することが出来ず、こころの世界、あるいは実践においてのみ到達が可能であるとしています。
また、ニュートンはもとより、アインシュタインも晩年には神の存在を認めたという話です。

さて、今回はキリスト教で言う愛(アガペー)を考えるつもりでしたが、気が付いてみたら、科学的な考え方という話になってしまいました。
しかし、愛がこころの世界で重要な役割を果たすのはまちがいないでしょう。
この愛は、自らの本源に対する愛であり、自らの本源は即ち、全宇宙の本源でもあるわけで、従って、全宇宙に対する愛、言い換えれば、全宇宙を貫く愛ということになります。
さらに、愛するということは、愛されるということであり、男女の愛のような片思いはないのです。
誰から愛されるのかと言えば、むろん神から愛されるのであり、そしてそれは永遠の愛であり、決して裏切られることのない、絶対の幸福を保障された愛であります。

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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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