老荘と仏教(1) 本題に入る前に

本題に入る前に、前に書いた「人生について」にちょっと補足しておきます。
この記事は確かに分かりづらかったと思います。
人生の根本問題を表現しようとすると、どうしても逆説的にならざるを得ないと言うことでしょうか。
本来言葉で表現出来ないものを、あえて表現しようすると逆説的表現になってしまいます。
たとえば金剛般若経などは全編逆説的です。
常識的な知識ではまったく理解できません。

さて、「人生について」で私が言いたかったことは、人生とは本来真実の世界であり、迷いや矛盾があるとすれば、それは我々の思考の方に問題があるということです。
この世界は真実そのものであり、そこには善と悪も、生と死も、有限と無限もない相対差別を超えた世界であります。
臨済語録の中で繰り返し述べられている「よけいなことを考えなければ、それがそのまま真実の世界である」ということです。
確かに、矛盾や迷いは思考によって生じます。
その思考を捨て去れば、矛盾や悩みも生じないでしょう。
ただ、確かにその通りなのですが、問題は我々は差別相対の世界から容易に抜けられないということです。
我々の意識とは、正に相対差別そのものだからです。
相対差別を捨てよということは、意識を捨てよというのと同じことです。
逆にいえば意識がある限り、真実の世界を見ることが出来ないということを意味します。
そこで「信」ということが重要な意味を持つことになります。
いまどき「信」だの「信仰」だの「神に祈る」だのと言えば、子供にさえ相手にされませんが、むろんここまで考えての話ではないでしょう。

我々の意識が相対差別の世界であるということは、過去の偉大な思想家や宗教家の大方の意見の一致するところですが、そこからの脱出方法となると意見が分かれます。
神という概念を取り入れる人、実践によって体得しようとする人など様々です。
私自身もまだ模索している段階であって、確信を得ているわけではありません。
ただ言えることは、我々の意識が相対的である以上、真理を言い表すにも相対的な言語を用いざるを得ないということです。
相対的な迷いを打ち消すには相対的な概念によるということであり、これが毒をもって毒を消すと言うことの意味です。
また、さきほど我々は真理を見ることが出来ないといいましたが、逆に言えば、我々は真理を見る必要が無いともいえるのです。
なぜなら我々自身が真理そのものですから。
いづれにしても、我々が迷っていようといまいと真理は確定しているのであって、我々は絶対的な存在であり、その本質は永遠に揺るぎのないということだけは確かです。

さて、今、森三樹三郎著の「老荘と仏教」という文庫本をよんでいますが、これも例によって古本屋で見つけたものです。
森三樹三郎という人は中国思想史の研究家だそうですが、私は氏の書を読むのは今回初めてです。
古本といっても、誰も読んだ形跡がないので、売れ残った本かも知れません。
確かに、「老荘と仏教」という題名に興味を持つ人は滅多にいないでしょう。
この書は老荘と仏教に関した論考を集めたもので、一貫した著述ではありません。
「老子」と「荘子」については金谷治氏の注釈書が今手元に在りますが、むろん以前から読んでいるものです。
「老子」は若い頃からの私の愛読書の一つです。
「老子」については多くの解説書が出ていますが、若い頃は福永光司氏の「老子」を読んでいました。
ただ、多くの解説書が出ている割には、その真意を理解している人は少ないのではないでしょうか。
若い頃読んだ記憶では、夏目漱石ですら老子について批判的であったように思います。
しかし、明治、大正といった時代は、日本は富国強兵の幻影にとりつかれていたので、老子などは時代に逆行するものとして、退けられるのは当然であったでしょう。
日本は敗戦によって、富国強兵が幻影であることが分かったのですが、その幻影は形を変えて現在に至るまで続いています。
それは経済大国という幻影です。
しかしこれも現在では、幻影であることが次第に明らかになってきました。
日本も世界の中の一国として、普通の国であるという当然のことが分かってきたわけです。
とはいえ、日本は分相応にあった独立自尊の気概だけは失ってほしくないと思います。

話が逸れてしまいましたが、逸れついでに言えば、前述のような傾向は日本だけではなく世界的な流れであったわけです。
日本はむしろ世界的な潮流に乗ったというのが正確なところでしょう。
なぜならば、それまで日本は鎖国をしていたのですから、世界とは無関係で居られたわけです。
しかし時代の流れは、日本が閉鎖していることを許さず、否応なく世界の舞台に引きずり出したのです。
時代はすでに、世界的規模で動いていたということです。
ただ問題はその後です。
日本は西欧以上に西欧化してしまったのです。
日本はもともと島国であるうえに、単一民族(といっても、元々は大陸からの移住者でしょうが)ですし、すでに統一されていた国家ですので、いわばフットワークが軽かったのでしょう。
しかも日本は伝統的に海外の文物を積極的に取り入れてきました。

江戸時代には鎖国によって制限されていたももの、海外からの文物の流入は続いていました。
日本の文化より海外の文明の方が常に勝れていたからでしょう。
舶来品といえば、すぐれたものの代名詞であったわけです。
しかもそれは近代に限ったことではなく、古代より日本は海外からの文明の恩恵を受けています。
古くは中国から学んでいました。
日本の骨格は中国を手本にしてつくられました。
ここでも日本は中国以上に中国的であったのかもしれません。
なぜなら、当の中国では王朝が入れ替わるたびに、文化の断絶が起きていますが、日本は海外からの侵略もなく、曲がりなりにも天皇制が維持された同質体制であったからです。
ですから、古代中国の教えが純粋培養されてきたといってもよいでしょう。
江戸時代、あまりにも日本的な出来事であると思われていた忠臣蔵でさえ、孟子の子孫である中国系の義士が指導的な役割をはたしていたことを御存知の方は多いでしょう。

明治以降、日本は急速に西欧文化を取り入れました。
それは良きにつけ悪しきにつけ、日本人の精神構造に大変革をもたらしました。
なかでも注目すべきは「進歩」という概念です。
それ以前の日本でも中国でも、さらには世界的に見ても「進歩」という概念は見当たりません。
いつ頃からこの概念が一般的になったのかは分かりませんが、近代ヨーロッパであることは確かでしょう。
「進歩」という概念は科学技術と結びついています。
科学技術の発達が進歩ということでしょう。
なぜ「進歩」という概念が注目すべきかといえば、それはヨーロッパがもたらした幻影だからです。
明治以降日本はこの幻影に踊らされてきたのです。

余談が長くなりましたので続きは次回にします。

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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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