ニーチェを考える

ニーチェといえば、四十年以上前に読んだ記憶があります。
確か、「この人を見よ」という題名だったと思います。
それから、「ツァラトゥストラはかく語りき」というのもありました。
この題名が読みづらいので何回か練習した覚えがあります。

当時、まだ十七八の頃でしたが、人生問題に関心があったので、手当り次第に本を読んでいました。
図書館で借りて読んだのか、購入したのかは忘れてしまいましたが、とにかく、いろいろ読んだ中のひとつです。

ニーチェは当時、なぜか有名でしたので、期待して読んだのですが、結局、期待外れでした。
何が書いてあるのか、さっぱり解らない上に、その極端な表現、乾いた思想、そして何か人間味の無さをその文章から感じて、あまり好きになれなかったのです。

という訳で、四十年以上も忘れ去っていたのですが、最近、本屋さんでニーチェに関する新刊書を見つけて、意外な感じがしました。
まだ、こんな本を読む人がいるのかと。

しかし考えてみれば、若い頃、途中で投げ出したきりで、結局何が書いてあるのか分からずじまいでした。
ですので、どんなことが書いてあるのか位は知っていなければ、批判も評価も出来ない訳です。

それに、現代の思想にもかなり影響を与えているようですし、現代哲学を理解する上でも知る必要が出て来ました。

ということで、例によってまずは解説書を読んでみることにしました。
今回は、たまたま本屋さんで見つけた竹田青嗣さんのニーチェ入門という新書です。
読んでみると、なかなかわかりやすく、思想内容を的確にとらえているようです。
ただし、残念ながらニーチェの思想は、やはり私の考え方とはまったく違っていました。

ニーチェの考え方の基本は、ショウペンハウエルの継承とその展開、ソクラテス、ヘーゲル、そしてキリスト教の批判、ということです。

ショウペンハウエルについては、私も若い頃その影響を受けたひとりです。
その著作も手に入る範囲内ではほとんど読んだと思います。
思想も明快でわかりやすいし、哲学書にありがちなもってまわった言い方もない単刀直入なところが気にいっていました。
ただ、その内容についてはすべて納得したわけではありません。

そして、ソクラテス、ヘーゲルについての批判ということですが、これは、この人たちの「理論的楽天主義」に対して反対しているのだそうです。
理論的楽天主義とは、知識と理性に信頼をおき、正しく思考し推論することによって、真理に達するということだそうで、常識からいえば至極当然な考え方です。
では、なぜこれに反対しているのかというと、こういう考え方のおかげでディオニュソス的な精神が滅んでしまった、ということらしい。

これはギリシャ神話での話で、簡単にいえば、アポロン神は英知的、理性的であるのに対してディオニュソス神は情動的、感性的な象徴です。
ですから、ニーチェは人間の理性より感情を優先にしている訳です。

さて、ニーチェの批判の最大のねらいはキリスト教です。
なぜならば、ディオニュソスは酒精の神であり、陶酔、狂騒を象徴し、感情的で自由奔放な生き方を愛する。
従って、理性や道徳はじゃまものであり、知識と理性に信頼をおいたソクラテス、ヘーゲルはもとより、隣人愛や禁欲を説いたイエスキリストこそ最大の敵であったのに違いない。

ニーチェの思想はある意味で、現代人の考え方を代表しているのかもしれません。
科学的なものの見方の中で育ってきた我々は、宗教を迷信としてしりぞけ、道徳を単に社会のルールとして見、物質的な豊かさを求め、社会的な成功を人生の目的とし、出来得る限り多くの欲求を満足させることが幸福であるという考え方。

確かに、人間を単に脳の発達した動物としてみた場合では、本能に従って生きるのは当然のことであり、道徳だの神だのといった概念は不自然にみえる。

だが、そのような生き方が本当に幸福なのか。
もし、本能に従って生きることが幸福ならば、なぜ人は宗教に救いを求めたり、神という概念を創造したのか。

動物としての人間は、ショウペンハウエルによると、種族保存と個体保存の本能があるといいます。
すなわち性欲と食欲です。
そして、この欲求を満たすために、常に生存競争に勝ち抜かなければならないので、より強い力が必要となります。
人間にあって最大の力は知恵です。
人間はこの知恵によって道具をつくり、他の動物を制圧し、自然を制御してかつてない豊かさを手に入れました。
ただ、他の動物は性欲や食欲が一応満たされれば、それ以上は求めません。
しかし人間では欲望それ自体が目標となり、欲望が欲望を生み、あらゆる欲望へと変化し、それはけっして満たされることなく、ついには人間同士が戦い合い、この地上は略奪と殺戮の舞台となる。

そして、人間の知恵は同時に自分はやがて死ぬこと、欲望は果てしないこと、決して満たされることが無いこと、をあばくのです。
そしてさらに、幸福とは、実は動物としての肉体の中ではなく、人間の心の中にあると気づくことになります。

以上、ニーチェの考えよりも私の考えが中心になりましたが、以後もさまざまな角度からこの問題を考えていきたいと思います。

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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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