雑感

前回まで数回にわたってプラトンのイデア論を中心に、ギリシャ哲学を見てきたわけですが、人生の根本問題に関する議論は、すでに古代において出尽くしているのではないかと思えるほどその核心に迫っています。
昨今の本などを見ると、言葉は多いが内容は薄っぺらいというのが大方のところです。
こうしてみると、哲学に限っては時代と共に進化するとはいえません。
よけいな雑念がないということでは、現代人よりもより深く純粋に、こころと直面していたということかもしれません。
それはギリシャ哲学に限らず、老子や仏教にもあてはまります。
それぞれの教えも、祖師といわれている人たちを超えていないのです。

カントは人間存在を英知界(物自体界)と感性界(現象界)の両方にまたがっているとしました。
感性界(現象界)は時間と空間に制約された世界であり、したがって自然因果の支配下にあり、進歩も退歩もあるわけですが、一方、英知界(物自体界)は時間も空間もないのであって、因果律に縛られない真の自由があるということです。
私はこれを科学と哲学にあてはめて、科学は感性界(現象界)の学問であり、哲学は英知界(物自体界)の学問であると思っています。
ですから、哲学とは時代によって進歩するものではなく、それぞれの教えはその時点で完成されたものであるというわけです。

さて、今回は本業の方がいそがしく、なかなかまとまったものが書けませんでしたので、また次回とします。

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Author:magokorokara
私は学者でも、宗教家でもなく普通の社会人ですが、人生問題に悩んでいた若い頃読んだ本を長い年月というフィルターを通してみて、あらためて考えたことを整理しながら書いています。

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